離婚して誰もいない孤独や不安感を思い知った

離婚する前は一人暮らしをしていました。だけど帰宅してこんなに寂しいと思うことはなかったです。しかし結婚するとおそらく「私には夫がいる」という安堵感が生まれます。それゆえに離婚をしたら今度は寂しさに泣きたいときがたくさんありますね。

離婚してからは「もし私に何かがあったら」とよく考えるようになりました。勿論家族がいたときはそんなこと一つも考えなかったです。もし自分に何かがあっても夫が見つけてくれるでしょう。しかし一人になってからはどうでしょうか。離婚してからは独り身の孤独感をことさら感じるようになりました。

結婚する前はこんな寂しさを味わったことがなかったです。しかし結婚すると誰かが傍にいるという安堵感を感じてしまうようです。それゆえに離婚した後の誰もいない孤独感は酷いです。この孤独感に時折辛くなります。

特に夜の寂しさが本当にすごいですね。結婚する前はこんな孤独はなかったです。一度家庭を持って家族を知ってしまうとこのように夫がいない孤独感に不安を感じることになります。離婚するまではこんな気持ちになるなんて知らなかったです。

残業代が申請できない私の職場の雰囲気を変えた方法

残業しているにも関わらず残業代を申請できない雰囲気の職場であったため、とても悩んだことがあります。
私の職場は残業する時は事前に所属長に残業する旨を伝えて印をもらわないといけないのですが、印をもらいに行くと、なぜ残業しないといけないのか?日中に効率よく作業していれば残業せずに済むのではないのか?等の嫌味が始まるので、私の職場のほとんどの職員は私だけではなく残業しても残業代を申請出来ずにいます。

職場で同じ悩みを抱えている人は多かったので、代表して労務担当として派遣されていた弁護士に相談しに行った事があります。総務は真剣に聞いてくれて私達の所属長を呼び出し注意してくれました。
しかし、注意してしばらくは印をすんなり押してくれるようになったものの、すぐにまた色々嫌味を言われるようになり、残業代を申請できない雰囲気に戻ってしまいました。
私はこのままでは残業している私達が損をしているような気持ちになってきたので、所属長の嫌味を右から左に聞き流す気持ちで残業する時はちゃんと印をもらいに行く事に決めました。そうすると次第に私のように嫌味に屈せず申請する人が増えてきて、雰囲気も変わっていきました。

私は所属長が相手だったので嫌味を言われても言い返す事もできずに、ずっと残業代を申請せずにサービス残業していましたが、雰囲気を変える事が出来たのは強い気持ちを持ち、相手が誰であれ立ち向かう事でした。

就労規則のない家族経営の会社

中途採用で入社した印刷会社。正社員募集のところをパート時給1,000円・就業時間は9時~16時での採用だった。しかし雇用契約書も無く、就業規則も無し。入社後に就業時間を16時30分までにしないと社会保険が適用されないとのことで就業時間を変更された。もちろん労務実務に詳しい担当者はいなかった。
求人情報には正社員が10人いると記載されていたのに入社してみたら70歳のパート社員ばかり。正社員と呼べる人間は2人しかいなかった。正社員は週48時間労働で更に超過分の手当ても支給されていないことが発覚。勤務年数も15年以上働いているが有給休暇を取らせてもらった事が無いと言っていたので雇用契約書を交わしてほしいと話したが無視された。その後、就労規則を作成したが、有給の話を持ち出したら「就労規則を返してくれ」と言われ就労規則自体がうやむやになった。
営業(社長夫人)が仕事でミスをした月の給料が3,000円減らされていたので問いただしたら、社長の娘が「気に入らないから」との理由で減額していた。以前この会社に勤めていた人から「タイムカードは自分で管理したほうが良いよ」と言われていたので注意していたが、意味もなく減額されていた事を社長に報告。きちんと給料を支払ってもらった。
その後、社長の娘からの嫌がらせが始まり、
・事務所の戸を蹴飛ばす。思い切りドアを閉める。
・そばを通るときに足音を立てて威嚇。スリッパでバンバンと床を鳴らす。
・他の従業員と打ち合わせをしている時に前を無理やり通る等、威圧的な態度を取るようになったので離職した。

なかなか伝わらない残業の辛さを伝えること。

最初は、残業も全くなく、土日休みも確約されていると上司から聞き、入職しました。

入った初日に、シフトを確認すると、残業が月に40時間は必ず超えるものでした。

話が違うと思いましたが、40時間は自分の能力で減らせるとの説明を受け、半年勤めましたが、とても1人で行う業務ではなく、40時間さえ、超過していました。人員の不足を理由にされましたが、身体的に限界がありました。

最初に確認した内容とは違っていたため、その条件に近い、他の部署に異動できるよう労務担当部署に相談しました。また、身体的に限界だったため、有給を、使い休んだりしていました。しかし、どうしても同じ場所で頑張って欲しいと説得され、聞き入れてもらえない日が続きました。そのため、退職の意思を示し、これ以上は残業できないと毎日上司にかけあいました。なかなか気持ちが伝わるまで時間がかかりましたが、最後は退職するよりも、他の部署にとゆうことになりました。

自分の意思をしっかりと、上司に伝えることが必要だと思います。なかなか認められず、辛かったのですが、粘るのことで、異動してよかったと思います。

離婚するまで大変な道のりでした。説得が大変でした。

私は離婚する事になったのですが、慰謝料と義理の親ともめました。慰謝料は頑なに旦那さんが払うのが嫌だと言い張るので私も慰謝料を貰うつもりで離婚しようと思ったので大変でした。

あと義理の母親が考え直してくれと情に訴えてくるのを見るのが辛かったです。私が仕事に帰るといつも義理の母親が帰ってくるのを待つように玄関で立っているのが数日続きました。

慰謝料の方は義理の母親を説得しながら、どうして離婚準備を進めたのかを淡々と説明をすると、義理の母も納得するような感じでいつも帰っていきました。

義理の母から旦那さんに説得があったのが、無事に慰謝料も払ってくれるような気持ちになってくれて無事に離婚する事ができました。
誰を味方につけるかがポイントだなとその時思いました。いざ離婚となると何とも言えない悲しみや罪悪感に襲われるようになりました。でもスッキリしました。

離婚する時は自分の心をまず第一優先にして考えた方が良いと思いました。相手に譲っている場合ではないかなと思いました。

離婚して楽になった弟

弟夫婦は、子供はいませんがその分、仲が良くうらやましいと思っていました。
それだけに離婚することになったと弟から言われた時には、驚きました。
どうやら以前から価値観が合わなかったらしく家の中では、家庭内別居状態だったようです。

仲が良いと思っていただけに実態を聞けば聞くほど驚きでした。
弟が離婚すると言い出したことで親も驚き、必死に復縁出来ないのかと弟を説得しました。
しかし弟も弟の嫁も「これ以上は一緒に暮らせない」と言うばかりでした。

2人の苦しそうな姿を見ていると、一緒にいるより離婚した方が幸せになれるということもあるのではないかと思いました。
その後、弟夫婦は明石No.1の離婚専門の弁護士に相談しました。

子供もおらず慰謝料などなしで円満に離婚しました。
離婚した弟が気になり会いに行ってみると、仲の良い夫婦を演じなくってよくなって楽になったと言っていました。

弟の顔は以前より穏やかになっており、仲の良い夫婦を演じていたんだと改めて感じました。
今は、以前より元気になった弟を見て離婚して良かったのだろうと思っています。

姉妹がいないと生きていけない妻との離婚

私が離婚した原因は、妻の自分の姉妹への依存でした。結婚後も、妻の姉二人にべったりだった妻。初めは、姉妹だからなのかと安易に考えていたのですが、それがどんどん、エスカレートしていく事に。すべて、弁護士に任せた形で離婚話が進みました。

まず、毎日のように姉妹で集まり、子供は、放置状態でおしゃべりに夢中。大阪での乗船海洋散骨に参加したりとあっという間に一日が過ぎるようで、結局、子供のご飯は、コンビニや外食と言った感じでした。
家の掃除はゴミ屋敷の清掃を頼める業者に依頼して、洗濯物は溜まりっ放しという調子で、家事すらしなくなってしまったのです。

その後、一番上の姉が家を購入するとなると、妻を含め一つ上の姉も同じ地域の分譲地に家を建てると言い出したのです。一応、一緒に見に行くと、空いている土地は、姉が購入した土地の前と横。

これでは、まるで3姉妹が同居しているような、そんな、形になってしまいます。それに反対するとすごい剣幕で起こり出す妻。これは、もう付き合っていられないと思い、離婚を言い出しました。

それでも、自分が悪いとは全く思わない妻は、私の実家に電話をかけ、私の両親の方から私を説得して欲しいと伝えたのです。それを無視した両親に変わり、今度は、私の姉に電話をかけ、私の悪口をさんざん言った後、「離婚はしたくない。でも、姉と一緒に暮らしたい。」と言ってきたという事でした。

私の姉の方は、以前から、そんな環境に違和感を持っていたという事で、私が離婚を決意している事を確認するとそんな妻に「あなたの家がおかしい。」とはっきり伝えたようです。それからと言うものは、離婚したい私と離婚したくない妻。

けれど、今の環境を変えたくないと言い続ける妻との話し合いが続き、結局、調停離婚を行う事にしました。私はお金がなかった為、すべての手続きを自分で行いましたが、妻の方は姉からの援助もあったようで弁護士に依頼したようです。
結果、子供は妻に取られてしまい、養育費の支払いが発生しましたが、私は、これで良かったと思っています。ただ、今後、子供の事だけは気にしながら、出来れば、妻のような姉妹関係が普通だと思わないような子供に育ってほしいと願っています。